2018年2月26日月曜日

人工内耳の音入れ回想

この地域でACITAの会のネタとして寄稿を求められているので、体験談を書くことになりました。
ブログにも人工内耳の装用経緯や音入れの回想を書いてみます。
会誌に掲載する内容は電話がメインになると思いますが、ブログでは音楽がメインです。

以下、ベタ回想ではありますが...

子供のころに聞いた音楽といえば学校で習った音楽とアニメ、ゲームくらいだった。
その時は聴力が60dBでなんとか音楽が聴けていたころだったと思う。
友達がポピュラー音楽に親しんでいく中で音楽の良さが今一つ理解できなかった。
歌声があまりきれいに聞こえてなかったからかもしれない。
ただ、そのままの聴力でいられたら会話も電話もほぼ問題なかったし、音楽もそこそこ楽しめていた。
あれは忘れもしない中学2年生の時。修学旅行の帰りに急に耳鳴りがして聴力が落ちていくのを感じた。
聴力が60dBから90dBくらいになって会話も電話もできなくなり、一瞬で人生の絶頂期から奈落の底に落ちた。
同時に音楽も理解できなくなっていたが、昔聴いていた音楽なら不思議と聴こえ、100dB超の重度難聴になってもボリュームを上げればいくつか聴くことができていた。
聴けるジャンルが乏しいながらも音楽が恋しくなり、時々思い出したように聞いていた。
時々といっても週に2、3回は聞いていたと思う。ドラクエなどゲームの音楽がメインだった。

この後、言葉の聞き取りが不明瞭で低音だけが響く生活が20年続いたが、筆談で何とか仕事はできた。
ただ、仕事の内容がレベルアップしてきたときに電話ができないのがネックとなり、真剣に人工内耳装用の装用を検討するようになった。今考えると無茶だったが、結果としてよかったと思う。音楽は聴こえ方が機械的でもなんとなく聴ければいいという感じだった。
そう言いながらもやっぱり音楽は楽しみながら聴きたいという欲求はあった。
人工内耳装用者のブログを読みあさり、今は閉鎖されてしまったが、人の声が自然に聞こえることや音楽がそれなりに楽しめているということが人工内耳装用の決め手になった。
このブログ人は控えめの表現だったが、音階の分かる方で聴こえ方を詳細に書いてくれていたと思う。

私の場合は幸いにも人工内耳を装用して早いうちに昔の音楽を楽しめるようになった。
音入れの日から感動の連続が続いた。
音入れ直後にST先生の言葉が理解できた。
多分、先生は何度か声をかけたと思うが、それは理解できておらず、先生の口が動いているのを見て突然スイッチが切り替わったかのように先生の声が入ってきた。
思わず出た言葉が「先生の声がそのまま聞こえる!」
人工内耳をする前と変わらない聴こえ方に感動して言葉が上擦った。
後になって冷静に考えたら補聴器のときと変わらない低音の聴こえで高音が入ってないことに気が付いた。
音入れ当初は男女の声がかろうじて分かるくらいだったし、環境音は壊れた電子音が鳴り響いて、ひどいものだった。
特に病院内でよく響くスリッパのパタパタ音は全然理解できないうえに気持ち悪かった。
この病院は音入れしてすぐ退院というわけではなく、2回目のマッピングをして退院ということになっていたので、退院まで会社や知り合いなど見舞いに来てくれた方と会話をして楽しんだ。聞き返しは多かったもののすでに筆談が不要となっていた。
会話できることが嬉しかったし、みな喜んでくれた。
ただ、日が経つにつれ小さく聞こえにくくなっていたので、4日後のマッピングの日に聞こえにくくなったことを先生に説明した。
人工内耳の適応中によくあることのようで心配しないようにとのことだった。
この病院では最初はマッピングを狭く設定して、後で広げるという方法だったみたいで、2回目のマッピングで明瞭に聞こえるようになった・・・つもりだが、聴き取りは良くなかった。
言語明瞭度は単語で80%、文章に至っては10%だった。
単語が高いのは4択の中から正解を選ぶ形式だったので、推測しやすかったからだと思う。
文章はまったくのヒント無しで「おはようございます」しか分からなかった。
それでも口元を見れば会話できるみたいだった。

退院して初めて外に出たときは時はひどい電子音の嵐でひたすらやかましかった。
ただ、信号機のカッコーが聞こえてきたとき懐かしさがこみあげてきた。
知っている音があるとなんだか安心する。

家に帰ってテレビをつけてみた。
字幕を付けてなんとか言葉の聞き取りについていけるレベルだった。
途中で聞き覚えのある懐かしい音に出会った。
それは弱々しかったが、確かにフルートの音だった。
ご親切にも字幕にフルートと書いていた。
それが初めて理解できた楽器だったが、そのときは本当に心細く頼りない音だった。
しかし心を掴んだのは確かで、もしかしたらという思いが音楽へと駆り立てた。

まず、SONYのPCでいつも聞いていたドラクエの曲を再生してみた。
スピーカーから流れてきた音はすごく線形的でシャープだったが、ほぼ形を成しており一瞬にして何の曲か分かった。
その瞬間絶句して鳥肌が止まらなかった。
それは聴けたという喜びと外界の音は滅茶苦茶な電子音を奏でているのにスピーカーからは規則性のあるクリアな音を出していたというギャップからだ。
試しにYouTubeで適当に知らない曲を聞いてみた。
へんちくりんで掴みどころのない実に不思議な曲だった。
やっぱり新しい音楽は無理なのかなと思った。
それから5日間ずっとドラクエの曲を聴き続けた。
聴こえることの嬉しさと聴こえるようになりたいという欲求からだった。
シャープ気味だった音はいつのまにか柔らかさを伴う音へと変換され、5日目にはもう子供の時に聞いた時と変わらない聴こえだった。

そしてあのへんちくりんな曲をもう1度聴いてみた。
今度はまったくの別物に生まれ変わった曲になっていた。
それはとても綺麗で何度も聴きたくなるような優しい音色だった。
途中でカーテンがはためいた。

ジージー

環境音は相変わらず言葉で形容のできない電子音のままだった。

そのギャップが人工内耳を興味深いものに変えた。
その日はひたすらその曲を聴いた。飽きることもなく。
第2の音楽ライフはここから始まった。


Key (nicely nice waterfowl remix)
人工内耳を装用したときに初めて覚えた曲
これを機に徐々に聴けるレパートリーを広げていった。

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